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ちょんまげができるまで(第10章☆リクルート代理店編②)

May 23, 2019

「共に大きな大木になりましょう。」


自由と孤独を堪能できる街、東京。

東京にはこれまで何度かきたことは
ありますが、

本腰入れて住むのははじめてです。


会社に用意してもらった
自由ヶ丘から徒歩20分くらいの
マンスリーレオパレスで
東京での新生活が始まりました。


オフィスは渋谷と恵比寿の間の
線路沿いのマンションの一室。


そこから私の東京での営業活動が
はじまりました。


とりあえず、東京渋谷区の
タウンページを片っ端から電話しました。

一人で始まった営業活動は
それはもう孤独です。


「名古屋に本社を構える
リクルート代理店R4の石上と申します。

渋谷に拠点を構えることになりましたので、
一度ご挨拶に伺わせていただけますか?」


「必要ありません!」

「間に合っています!」

「今忙しいので、改めてください!」

「もう掛けてこないでください!」

「社長は不在です!」



もう何件断られたでしょう。。。


大都会東京では名古屋にいた時のような
営業は難しいと、3日目くらいで断念しましたww


それから、自分なりに知恵を絞り
ベンチャーやスタートアップの企業に
ターゲット定めました。

将来伸びていくであろう
会社経営者は人材への投資意識も高い、
このような将来の大企業候補を見つけたら
東京での営業はうまくいく!



そう思いました。



そこで、、、

「日経産業新聞」と「日経MJ」を
リストアップ先を変更しました。


これらの新聞は宝の宝庫でした。


名刺管理システムでお馴染みのSansan
(当時は三三でした)、

筑波大学発のベンチャーで
ロボットスーツを開発している
サイバーダイン(上場済み)、

後にLINEを生み出した森川社長
(当時はNHN Japan代表)、

などなど、、、


面白い事業展開をしている会社、
様々なタイプのユニークな経営者に
お会いすることができるようになりました。


正直、そこまで大きな営業数字には
なりませんでしたが、、、


東京って、面白い人が沢山いるなぁ。

と、


どんどん東京が好きになっていきました。



そんな中、、、

H社長のご縁で始まったプロジェクトが、
東証一部大手通信事業者H通信の

「格差社会、平成の世直し!」という
コンセプトの中途採用プロジェクトでした。


その際にコンセプトメイキングから
コンテンツ制作を手がけてくれたのが
南青山に本社を構えるP社の方々でした。

P社のクリエイティブは
私の心を震わせました。

出してくる企画のクオリティが
それはもうすごいんです。

「格差社会、屁のカッパ」

「金持ちもいれば、貧乏人もいる。
エリートもいれば、落ちこぼれもいる。
社会は、みんなに平等じゃない。」

「だが、しかし!」

「チャンスは公平にあるべきだ!」

「人は、たとえ1ヶ月でも大変身できるから。
昇給・昇格、年12回。」

「めざせ!¥10,000,000プレイヤー!」



モチーフになったのは「侍」でした(笑)

そして、配布用のパンフレットは
金ピカのちょんまげ型に加工したモノです。

(今でも当時のパンフレットは大切に保管しています)


「平成の大採用!」と謳った
プロジェクトは半年間でH社子会社で働く
中途採用を300人採用するというもの。


ディール額も大きく、当時の私には荷が
重すぎる仕事だと思いましたが、
一生懸命取り組みました。

私たちのチームは、
総監督にマネーの虎のI社長、
クリエイティブ担当はP社、
実働部隊がR4という3社体制。



私はH社子会社の人事担当として
北は仙台、南は鹿児島まで
全国行脚で説明会を行い、
リクルーティングを行なっていました。


さらに、、、

300人を採用するとなれば、
もうリクルート媒体だけでは
間に合わないんですよね。


リクルートの競合でもある、マイナビや
enジャパンに電話して、
なんとか協力にしてもらうことができ
求人広告を打ちまくりました。

もうね、競合とか言ってる場合じゃなく、
必死でしたね。



そんなこんなで東京での初の大仕事を
半年進めていくことになるんですが、



結果は、、、


なんと98%(294人)採用で未達でした。。



こんなに頑張ったのに未達。。


絶望感と無力感。



結局そのプロジェクトは失敗に終わりましたが、
東京には面白い仕事が沢山ある、
という学びを得ました。


(当時の社長には本当に申し訳なかったです。。)



今振り返ると、失敗の要因は
「私の主体性があと2%」足りなかった
ということかと思います。


与えられた仕事に
主体性を持って取り組めるかどうかは
全て自分の意思決定次第です。



あのプロジェクトが成功していたら、私の
人生はまた違ったものになっていたのかも
しれません。



そんなこんなな東京生活を送り、
そこでまた新しい出会いが訪れました。


後2013年にマザーズ市場に上場した
オークファンという会社。


T社長は私と同じ歳でした。


彼と出会ったのは、まだオークファンが
社員数20名にも届かないどベンチャーの
頃でした。


「世界中の誰もが誰とでも
自由に取引ができる世界を実現したい」


というビジョンを掲げていた、
T社長にほだされました。


「がみさん、うちの会社に来てくれませんか?」


強烈なオファーをもらった私は、
悩みに悩みました。


R4では支社長という立場を与えられ、
部下もいました。

これからさらに発展していくであろう会社を
辞めてでもオークファンに行くべきか?


悩みに悩んで行き着いた答えは、


「世界を目指す」ことでした。



半年間の引き継ぎ責任を果たし、
私はR4を退職することを選びました。


R4では本当に様々なことを学びました。
今の私があるのはR4のおかげと
いっても過言ではありません。


この場を借りて改めて
お礼申し上げます。

ありがとうございました。



そして、、、

私に社会人としてのマナーや
営業のイロハを教えてくださった

常務取締役のNさんの

「共に大きな大木になりましょう。」


という言葉が、
今も私の原動力になっています。



次回は、、

IT業界ベンチャーで刺激とお酒を浴びまくる

ちょんまげができるまで(第11章☆ITベンチャー編)

をお届けします!


引き続き、お読みいただけると嬉しいです^^;

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株式会社ちょんまげの石上です。

ちょんまげという会社を
設立してからというもの

名刺交換をするたびに、

「なんでちょんまげっていう
 会社名なんですか?!」


と聞かれることが多いので、

これから数回に亘って、
ちょんまげができるまでの
ストーリーをお話しできればと思います。

私、石上のことを知っていただく機会...

ちょんまげができるまで(予告編)

May 23, 2019

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