• 石上 和平

ちょんまげができるまで(第5章☆高校生編)


「僕、進路はフリーターに決めたので、  他の生徒に時間使ってあげてください」 高校生時代の私は、 今思えばちょっと変わった学生だったのかもしれません。 高校1年生の時に 阪神・淡路大震災が発生しました。 覚えている方もいらっしゃるかと思いますが、 犠牲者は6,434人に達し、 神戸周辺は壊滅状態になりました。 最悪な状態です。。。 忘れもしません。 1995年1月17日の早朝、 何かに押しつぶされそうな重圧により 目が覚めました。 私はマンションの真ん中の 4畳ほどの部屋でその日は就寝しており、 起きたら本棚が倒れ、運よく本棚は直撃することなく、 私はたくさんの本の下敷きになって目覚めました。 おかんが「戦争や〜!!!」と 叫んでいたのを今でも覚えています(笑) (大げさだが、それほど衝撃的な朝でした。。) おそらく高速道路が倒れた「ドーーーーンン!」という 轟音、「ドドドドドドドド・・・」と続く余震と、 まさに戦争とも言える状態の中で 目が覚めたんですよね。 流石に1月の真冬なので 5時といえど明かりは真っ暗、 私と兄は明るくなるまで 食卓のテーブルの下に避難しました。 あたりが明るくなってきた時、 一体周りで何が起きているのか、 当時大学1年生だった兄と 原付でパトロールに回りました。 街は想像を絶する状態。 まず驚いたのは、、、 うちのマンションの少し側にある 高速道路があっち側に倒れていました。 そして倒壊する家々。。。 ここまで書いていて苦しくなってきたので、 街の惨状を説明するのは これ以上はちょっと止めておきます。。 私の友人も数人亡くなりました。 高校生になって私はラグビー部(半年で辞めましたが・・) に入部し一番最初にできた友達が「まこ」という子で その友人がお兄さんとともに 生き埋めになって亡くなってしまったんですよね。 ご両親は存命で、まこが亡くなってから何日かした後、 倒壊した家に数人の友達とまこの遺品を掘り起こしに行った記憶があります。 その時、初めて、、、 「あぁ、人間って本当に死ぬんだなぁ」 という事実を思い知らされたような気がします。 そして、、、 「まこから教えてもらったことは死ぬまで忘れはしない」 「まこの分も精一杯生きよう」と心に誓いました。 その後の震災の復興は、ご存知の通り 様々な方々の協力のお陰で一気に進みました。 話は切り替わりますが、、、 私は中学生の頃にできた夢を叶えようと、 高校に入学した途端にアルバイトを始めていました。 (震災前からですね) 人生で一番最初にアルバイトしたのが ガソリンスタンドの店員。 その仕事はやりがいもあったのですが、 先輩からの他の仕事の紹介があったのですぐに辞めました。 先輩から紹介されたのが地元の焼肉店。 焼肉店なのですがお腹の空いた学生バイトのために 毎日色々な賄いを作ってくれました。 バイトに行くのが目的ではなく 美味しい賄いを食べるのが目的になっていたような気がします(笑) その焼肉店には震災後半年くらいは勤めていましたね。 そして高校2年の中頃に 芦屋の高級寿司店に転職しました。 当時、石上家とすごく仲の良かった板前さんが 新規店舗をオープンするということで、 そこでバイトさせていただくことになりました。 芦屋の高級寿司店というだけあって 客層は大変良かったですね。 芦屋のお金持ちや会社経営者、スポーツ選手などなど。 賄いがまたすごいんです! 鮮度のいいお刺身と美味しい酢飯。 たまにお寿司も握ってもらいました。 お腹が空いてしょうがない高校生にとって 申し分ない環境でした。 その時に様々な大人の方の話を聞いたり、 人生勉強させていただき、コミュニケーション力を さらに磨かせていただきました。 お客さんに喜んでもらって、 美味しいご飯を食べさせてもらって、 さらにお金までもらえる。 本当、最高でしたね。 他にも様々なスポットのアルバイトをしました。 震災復興に伴う、 土砂袋作り、解体作業、交通量調査などなど。 まー、勉強もあまりせず 本当によく働いたと思います。 そして、、、 自分で労働しお金を稼ぎ、 自分の力で当時の夢を叶えることができました! 単車の免許の取得と初めての単車を 先輩から譲り受けたんです。 初めての単車は125ccの YAMAHAの「TZR」という車種です。 もう、どこまでも走っていけるような気がしました。 友達の死を乗り越え、 人生について考えて、 自分の人生を自分の頭で考え抜いて、 高校生時代は様々な経験があったけど、 充実した日々を過ごさせていただきました。 そして、、、 勉強嫌いだった私は、 世の中にはもっともっとたくさんの 面白い仕事がありそう、 「そうだ、フリーターになろう!」と 進路を決めたのです。 当時、、、 「フリーター」という言葉が まだまだ一般的ではなかった時期でした。 ほとんどの友達が大学や専門学校の 進路を選択していました。 ただ、、、 私は自分で信じた道を突き進もうと ワクワクしていたんですよね。 「人生は自分で選択できる。 自信を持って歩んでいこう」 ちょっと長くなってしまったので、 高校生編はこの辺りで。 次回は、 天職(?)を発見するフリーター時代、 ちょんまげができるまで(第6章☆フリーター編) をお届けします! 引き続き、お読みいただけると嬉しいです^^;

#ちょんまげ

7回の閲覧

Copyright © 2020 Chonmage Inc. All Rights Reserved.